良い香り、味。その香りや味が私の鼻擽るんだ。



あなただけの味




今はまだ、昼の三時頃。昼間の時の店内と比べれば、幾分も人は減っている。昼食のピークも過ぎた今はぱらぱらと席を埋めているだけだった。
それを見計らってやってきたロイドとゼロスは、悠々と店内に入り、席に座る。ロイドとゼロスが座った席の周りはほとんど空席。
これなら、気兼ねなくおしゃべりを楽しむ事ができそうだ。

ロイド達は普段通りなら夕方、日が沈む前に宿をとるようにしていたが、今はまだ昼。何故今日は早いのかというと。
今日まで野宿が続いたため、リフィルが速めに宿をとる事を提案した為である。疲労も溜まっていた一同は勿論それに賛成した。
宿でもう寝た者、武器の手入れをする者、買い出しに行く者など、またロイドとゼロスの様に気晴らしに出かける者それぞれだ。
久しぶりの屋根に、否応なく表情に笑みが浮かぶ。

「ゼロスー。何頼む?」

ロイドが行儀悪く机に顎をつきメニューを見ながら言った。ここをリフィルやクラトスに見られたら恐らく怒られるであろう。
しかしゼロスはそれを全く気にせず、「ん〜」と唸った。

「そうねぇ……あ、さっきそこのハニーに聞いたんだけど、この店はコーヒーが美味いらしいぜ〜」
「へぇ、そうなんだ。またナンパしたのか」
「そうそう。って、ロイド君……頷くところが違うと思うけど……」
「はは、冗談。じゃ、コーヒー頼もっか」

ロイドは苦笑する様に笑むと、メニューの中のコーヒーを指さした。
ゼロスがそれを見て頷くと、ロイドは手をあげて店員を呼ぶ。
営業スマイルというやつでにこやかにロイド対応する店員を横目にゼロスは声をかけようかと思案した。
店員のほうは、なかなかの美人だったが、またロイドに冷やかされそうだったので、その開きかけた口を閉じる。
ゼロスが口を開く事なくその店員が去ると、ロイドはにや、と笑んだ。その真意に気付かないゼロスは眉を潜めた。

「ゼロス〜。まぁーた話しかけようとしただろ?」
「……う……、随分と鋭い事で……」

随分と長くいる為か、ロイドが段々そういう事に関して鋭くなってきた気がする。勉強は苦手なくせに、何故かこういう事だけは力が働く。
リフィルが先生として、クラトスが親として、嘆く理由も、今はとてもわかる気がした。

しばしロイドと談笑していると、すぐにコーヒーがふたつ二人のもとに届いた。
豆が違うのだろうか、カップの中から漂う香ばしい様な匂いに鼻を擽られる。それだけでゼロスの興味を誘った。
一方のロイドはまるで犬の様に、くんくんとその香りを嗅いでいる。ときどき眉を潜めると、また嗅ぎだす。

「ロイド君、飲まないの?」
「ん? あぁ……」

ゼロスが苦笑しながら言うと、ロイドはカップを口にあてた。
嗅ぐのも結構だが、同行者としてそんな犬のように嗅いでほしくない。周りの痛い視線が気になるし、まず飲んでほしいものだ。
ロイドはそのままカップを上にあげ、ごくごく、と飲む。ゼロスもそれを見て自分もコーヒーに口を付けた。

「ん〜、流石に美味いって言われてるだけはあるねぇ。どうよ、ロイド君?」

ゼロスは向かいに座るロイドに言った。美味い、とか簡単な称賛の言葉が返ってくると思ったが、どうやらそれは違っていて。

「……なんか宿で飲んでるコーヒーと違う」
「……え〜? …まぁ、そりゃそうでしょーよ。豆が違うし、淹れる人によっても変わるからなぁ」

宿はセルフで宿代以外お金を払っていないだけあって、安い豆が置かれている。
喫茶店などの購入したコーヒーと違うのはごく当然な事だろう。しかしロイドは納得していない様な表情で唸った。

「あんまでけぇ声で言えねーけど……俺は、宿のやつのほうが良いなぁ」
「はぁ〜? お前なぁ、あんなセルフのコーヒーより、買ってるこっちのコーヒーのほうが豆、高いんだぜ〜?」
「…………でも、こっちのほうが良い」

どうやら宿のやつのほうが良いといったら聞かない様だ。ロイドは口をへの字に曲げて、先ほど来てまだ湯気が立つコーヒーを見つめた。

「ゼロスはこっちのほうがいいのか?」
「えぇ〜?」

そう聞かれれば答えられない。ゼロスはまだ宿のコーヒーを飲んだ事ないからだ。
神子として育ってきて衣食住不自由なかったゼロスにとって、少なからず宿のコーヒーには抵抗があるわけで。
一度として宿のコーヒーを手に取った事はない。

「俺さま、宿のコーヒー飲んだことねぇから……」
「あれ、そうなのか? じゃ、帰ったら飲んでみろよ!」

言うと思った。ゼロスは心の中で悪態をついた。ロイドならば言いそうな事である。

「えー……、俺様、貧乏舌のロイド君と違って、安いのヤダなぁ……」

冗談混じりにゼロスが言った言葉に、ロイドは頬をぷく、と膨らませ、眉を微かに吊り上げた。

「誰が貧乏舌だっての! いいから、一度だけ! な?」
「…ったく……しょうがないなぁ…」

ゼロスは口でぶつぶつと文句を言いながらも、早速とばかりに手をひくロイドに素直に従った。




     ◆




宿の一階。奥にあるコーヒーメーカーの前にロイドとゼロスは居た。
今はロイドが不器用にコーヒーを淹れている。それはどうにも危なっかしくて、さきほど宿のコーヒーが美味いと豪語していた人物の様に思えない。

「ロイド君。手先は器用なのに、コーヒー淹れるのはヘタクソなのね……」
「そ、そういえば……コーヒー、自分で淹れるの初めてだ…」

口角を微かに吊り上げながらロイドが言った。先ほどからゼロスにやり方を教えてもらっている為か、ヘタクソという言葉は否定できない。
そんなロイドを見て、ゼロスは唸ると、ついに言った。

「ちょ、貸してみ。俺さまがいれてやる」

ロイドはメーカーをいじっていた手を離すと、素直にゼロスに渡した。
慣れた手つきでコーヒーをつくるゼロスを、ロイドはできるまでただ見つめていた。



「あっれー? なんか違う……」

できあがったばかりのコーヒーを飲んで、ロイドが言った。ゼロスが反応する前また犬の様にコーヒーを嗅ぎだしてしまう。

「ちょっ、ハニー! 俺さまの愛のこもったコーヒーがおいしくないっていうの!!」
「おいしくないっていうか……違う」
「……俺さまショックだ……」

慣れた手つきでカッコよく、というのはただのコーヒー淹れには適さないが、それなりにつくったはずなのに。
違う、と断言されてショックを受けない人がいただろうか。残念ながらロイドは全くそれを気にせず否定した。
項垂れるゼロスを見て、ロイドが苦笑する。

「あー…なぁ、ロイド君のコーヒー淹れてんの誰なのよ…」
「んー…? 誰だっけ……」

いつもごく自然にコーヒーを淹れてもらっている為か、誰かと言われると、誰だったか。思いつかない。
う〜ん、と唸るロイドは、背後からの足音が耳に入り、考えるのを止め、振り返る。
そこに居た人物を見て、「ああ」とひらめいた様に声をあげた。

「すまない……私も飲みたいのだが…」

控えめにゼロスとロイドの所に歩み寄ったのは、クラトスだった。
楽しそうに話しているところ邪魔してはいけない、という彼らしい考えなのかはわからないけど。
クラトスの右腕には、厚い本が抱えられていたところを見ると、どうやら読書中だったようだ。その合間にコーヒーを飲もうとしたのだろう。

「ゼロス! 思い出した、クラトスだ!」
「えぇ〜? 天使さまぁ?」

突然自分の名をだされ、戸惑うクラトス。眉を潜め、「な、なんだ」と言葉を零した。
しかし彼らはそれに答える事なく自分達だけで話を進めていってしまう。
んじゃ、丁度いいじゃないのよ、とゼロスが言って後すぐに、ロイドがクラトスの肩を掴んで言った。

「クラトス! コーヒー淹れてくれよ! クラトスが淹れるの、飲みたいんだ!」
「わ、私の……?」

あまりのロイドの勢いにクラトスは気押されながらも、答える。

「ああ! な、いいだろ!?」
「か、かまわんが……神子も飲むか?」

元々そのつもりだったのだ。クラトスはロイドの頼みを承諾し、
ちらりと、クラトスがゼロスのほうへ視線をやった。ゼロスはそれに気付くと、少し考える様な表情になった後、頷いた。

「俺さまの淹れたヤツを違う、って言わせるほどのコーヒーがどんなものなのか、知りたいしねぇ〜」
「別に私が淹れても変わらんと思うが……」
「いいから、淹れる!」

ロイドに背中を押されて、クラトスは眉を潜めながらも、材料を手に取った。



クラトスは妙なプレッシャーを感じながらも、コーヒーを3つのカップに淹れ終えた。
ただの作業を、クラトスの両肩に片方ずつ手を置き、覗き込むようにその作業を見続けたロイドとゼロス。
何がそんなに面白いのか不思議でならなかったが、コーヒーを渡すと、ロイドの表情に満面の笑みが浮かんだ。

「さんきゅー、クラトス!」

そして口を付けて一気にカップを傾ける。熱いのに。クラトスが「熱いぞ」と言った瞬間にロイドは口を離した。

「あっづ……!」
「ロイド君ばかでねーの」

ゼロスはふぅふぅと息を吹きかけ、その湯気を揺らすと、優雅にコーヒーを楽しむ。流石は貴族といったところか。
ロイドもそれを真似て、ふーふーと息を吹きかけ再度カップを口につけ傾けた。徐々に、だ。
そして二人は同時にそのカップから口を離す。

「うんめぇ! これだ!!」「ありゃ、なかなかうまいじゃないのよ〜」

二人から同時にあがった称賛の声に、クラトスは苦笑した。クラトスも口を付けてみるが、別段変った味はしない。
自分の舌がおかしいのだろうか。そんな事を考えていたら、飲み終えた二人が、カップをクラトスに差し出しておかわりを要求してくる。

「なら自分で淹れればよかろう……」

生憎三杯淹れて、たった今淹れたコーヒーはなくなってしまった。おかわりするには、淹れなおさねばならない。
しかしロイドは首を横に小刻みに振ると、クラトスの心を大きく揺るがすその一言を。

「クラトスのじゃなきゃ嫌なんだ!」

ロイドの表情には満面の笑みが。クラトスは色々聞きたい事とか、言いたい事があったけれど。
その一言で、クラトスの表情が困惑から、変わった。




あなただけの味




「ゼロスー、やっぱうまいだろ〜? 何杯でもいけるぜ!」」
「意外だけど……ま、そうねぇ」
「……フ。幾らでも淹れてやろう」








最後のほうは勢いで書いてしまった。 するつもりなかったけど、クラトスが若干親ばかに。