本当に、そうだったらいいのに。
家族旅行
がちゃり。少し疲れた為か、少し重く感じるドアを開けた。先ほど借りた宿屋の一室が視界に広がる。
必要最低限の家具以外は特に何も置かれていない、二人用の部屋はひどく簡素に感じた。
傭兵、と偽ってシルヴァラントの神子の旅に着いて来ているクラトスは、特に表情を変える事無く、明かりを付けた。そのまま窓のほうへと歩み寄り、カーテンを開ける。
昼間が快晴だった為か、雲ひとつない夜空には沢山の星。先ほどロイド達三人は星を見に行く、と言っていた。しばらくはこの部屋に一人になるだろう。
クラトスはカーテンを開け終えた後、ふたつの内、片方のベッドへと腰を下ろす。ぎし、という軋む音が静かな部屋に響いた。
そして慣れた手つきで自らの剣をベッドの横へと立て掛ける。身につけているマントも外すと、それだけで身が軽くなったように感じた。
「ふぅ……」
クルシスとして、神子の護衛として、常に気を張り巡らしている為か、ひどく疲れる。
神子がもう少ししっかりしていたら、もう少し気が楽かもしれないが、なんといっても彼女は危なっかしい。
見ていないと、魔物にでも、つい最近現れた刺客などにやられてしまいそうで不安だ。
そして、本当は着いてくるはずじゃなかった自らの実の息子。実の息子だと気付いたのは彼の家にあった墓を見てからだが、彼はその事実を知らない。
勿論、教える気など、毛頭無い。
神子、息子、そしてあの姉弟。四人をフォローしつつの戦いはなかなか骨が折れる話だ。
少し、横になろうか。そう思った時だった。
「クラトス。少し、いいかしら?」
ドアと軽く叩く音の後、聞こえてきたのは、今はもう聞きなれた声。
完全に気を許しているあのイセリアに住んでいた三人とは違って、唯一クラトスに未だ不信感を抱いている、リフィル。
「……リフィルか。…開いている」
特に断る理由もなく、あまり話したくはなかったが、承諾した。
恐らくはクラトスの真意を探るためだろう。何度かその様なリフィルの問いはあったからわかる。
少し遠慮気味にがちゃり、とドアが開いた。クラトスはリフィルの姿を確認すると、視線を逸らした。
「失礼、するわね」
「……ああ」
ロイドやコレット達のいない二人だけの空間は、旅の最中の様な騒がしさはない。
必要最低限の言葉は控えようとするクラトスと、相手の真意を探るため言葉を選ぶリフィル。
「恐らく失礼な事を聞くわ。気分を害したらごめんなさい」
「……いや、かまわん。特には気にしない」
リフィルは目の前にある椅子に座ろうとせず、ただクラトスに視線を送る。クラトスはまるでその視線から逃げるかの様に、何もない方向へ視線をやっていた。
「あなたは、傭兵で、たまたまイセリアの聖堂を通りかかった、と言ったわね」
「……そうだ」
今更ここで細かく否定してもまた怪しがられるだけだと、クラトスは素直に頷く。
リフィルは、小さい音で、深く深呼吸をした。そして、口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。──あなたは……」
「「クラトス!!」」
まるで遮られるかの様なタイミングで響いた声。同時に開いたドアは壁に叩きつけられた反動で閉まろうとしている。
入ってきたのは、ロイドだった。
「あ、あれ? 先生?」
リフィルが居たのが予想外だったのか、首をかしげるロイド。
しかしすぐにまぁいいや、とつぶやいた。
「なぁ、二人とも! 星がきれいなんだ。見に行こうぜ!」
まるで幼い子供の様に、満面の笑みを浮かべてロイドが言った。
驚きの様な、呆れた様な表情を浮かべた二人を見て、ロイドの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
やや緊迫した空気も、一気にぶち壊された。
「そうね。行きましょう、クラトス」
「え、あ、ああ」
あんな笑顔で言われて断れるはずがない、とリフィルは苦笑した。どうやら、聞こうとしていた事も、今はどうでもよくなったらしい。
◆
ロイドに連れられて行った場所は、あろうことか宿屋の屋根の上。どうやらあまりに無邪気に喜ぶコレット達を見て、宿の主人が微笑みながら承諾したようだ。
クラトスは宿の主人へ少しばかりの申し訳ない気持ちとともに登る。三階建ての宿の為か、そこから下を見下ろすと、かなりの高さに少々驚く。
既にそこにはコレットとジーニアスがいて、いたるところで輝く星を指さしながら無邪気に話していた。
「あ、クラトスさんと姉さん! 見てよ! こんな星は久しぶりじゃない?」
ジーニアスが姉の服をひっぱりながら笑みを浮かべて言う。リフィルもジーニアスの頭を撫でそれをたしなめる。
立ったり、座ったり。はしゃいで星を見る三人が、落ちはしないかとひやひやしながらそれの姿を微笑みを浮かべつつ見る二人。
危ない、と注意はするものの、その口角は弧を描いていて。
「ふぅ…これじゃ、まるで母親気分よ」
苦笑交じりにリフィルが言った言葉にロイド達は笑い、クラトスも微笑む。
隣にいる女性は違うものの、それはまるで、十数年前の様な、そんな感じがして。
「先生がお母様なら、クラトスさんがお父様かな〜?」
コレットが微笑みながら言った言葉に、ジーニアスも「そうだねぇー」と返す。
「先生が母さんで、クラトスが父さんかぁ……へへ、なんか家族みたいだな」
ぴくり、と表情の豊かさが芳しくないクラトスの眉が一瞬動いたところをリフィルは見逃さなかった。
何かを察し、リフィルがくすり、と微笑む。
「クラトスはまだしも、私はこんな大きい子供をもった覚えはなくてよ」
"クラトスはまだしも"という言葉にクラトスは苦笑しつつ、「そうだな」と返した。
ロイド達はというと、家族という事にその気になったのか、長男やら、長女やらと決めている。
当然、その中にノイシュも含まれていて。
「家族で世界再生なんて、楽しいですね〜」
「コレット、それじゃ家族旅行だよ」
コレットが言った言葉に、ジーニアスが苦笑しつつ返す。
今度はあの星が、誰だと言い始めた子供たちを前に、大人二人は苦笑するばかりで。
リフィルは、クラトスにだけ聞こえる位の音量で、先ほど言えなかった言葉を別の言葉に変えて、言った。
「皆貴方を信頼しているわ……だからどうしろとは言わないけど、それだけは知っておいて」
「……ああ、そうだな」
胸に何か、ちくりをしたものを感じた。それは気のせいだと、自分に言い聞かせる。
その晩、クラトスとリフィルは、無邪気に微笑む子供たちを気が済むまで見守り続けた。
*End*