────"はやく帰ってこいよ"
そんな事を言ったのは、いつだっただろう。
もう、思い出せない。
断てない鎖
神羅を担う、ソルジャー1stの男──ザックスは、思考が纏まらぬままソルジャーフロアのソファに座っていた。
ただぼうっとする思考。どうやってここに来たのかもあまりよく覚えていない。
今頭を埋め尽くすのは、──後悔。何度考えても、ただ自責の念に駆られるだけだった。
「はぁ……」
何度めの溜息だっただろうか。
勿論数えていない。わかるはずないのだが、そんな事をふと思った。
レノと盛大に喧嘩をして三日が過ぎた。
まさかあんなにレノが怒るとは思っていなかったから、疲れていた事もあるのだろう、物事を適当に考えていて。
そんなザックスが気に食わなかったのか、レノは壁がへこむほど力を入れて叩き、家を出て行った。
謝る機会は幾らでもあったのだが、無駄なプライドと気まずさがそれをさせず、三日という時が過ぎてしまった。
「……ザックス」
背後から呼ばれた声に、垂れていた頭をあげる。
振り返れば、銀の長髪を靡かせた良く知る人物が立っていた。
「………セフィロス…?」
思いがけない人物に、ザックスは眉をひそめた。
セフィロスがザックスに声をかけた、少し後。
ここ、タークスフロアでは、ザックスが悩んでいた相手、レノも頭を抱えていた。
こちらも考えている事は同じ。三日前自分がついキレてしまった為に喧嘩に至ってしまった。
明らかに悪いのは自分。ザックスは悪くないのに、その時は機嫌が悪く、ザックスに当たったのだ。
理不尽なレノのキレ方に、罵声を浴びせられたザックスもとうとう怒ってしまい、今に至る。
「(あいつ……怒ってんだろうな…)」
ザックス自身、先に惚れた弱みなのかレノに食ってかかる事などほとんどない。
それを良い事に、少し調子にのってしまっていた。……いや、大分、か。
謝るべき、という事はよくわかっている。わかっているつもりなのだけれど。
「…ノ!……レノ!……聞いてるの!?」
「え? あ、あぁ」
少し怒気の混ざった声に、現実に引き戻される。
シスネと話していた事をすっかり忘れていた。
完全に上の空だったレノに対して、彼女は深々と溜息をつく。
「さっきから、人の話全く聞いてないわね」
「わ、わりぃ……」
上の空になる理由が女々しすぎて、言い訳する気にもなれなかった。
シスネは、考えるように腕を組んだ。
いつもなら反抗のひとつやふたつするレノが、今日は何故かおとなしい。
それに加え、あまり真剣に悩んでいるところ見た事がない為に、今日は本当にレノはおかしかった。
そして、もう一人いつもと違う人間がいた事に気付く。
「……ザックスと喧嘩でもしたのかしら」
「……!」
見開かれたレノの目に、シスネは自分の推測が的中した事を悟る。
そして確証のない推測を続けて言った。
「謝れなくて、悩んでる。ってところかしらね」
「…っ!……はぁ……何でわかんだよ、と」
否定をしない素直なレノの発言にシスネは苦笑した。
今日は、やはり本当におかしい。
「女の勘、よ」
この答えはあながち間違ってはいない。
「女の勘、ね……」と、レノも苦笑する。"女"の勘というのはここまですごいものなのか。
「謝るんだったら、今日のうちにしたほうがいいわ」
どういう事だ?その様な目をしたレノを見て、シスネが続ける。
「ザックス、今日からニブルヘイムへ長期遠征みたい。セフィロスと、ね。
今はもう二人しかいないソルジャー1stが二人も行くんだから、けっこうな任務だと思うわ。帰りは……いつになるかしらね?」
さっきザックスから聞いたの。そう言ったシスネに本気で感謝する。
これ以上、ずるずる引きずるつもりはない。
拳を強く握りしめ、レノは立ち上がった。
「ちょっと出るぞ、と」
「ふふ……いってらっしゃい」
レノの表情を見て、シスネが微笑む。
ツォンが立ち上がったレノを見て、どこへ行く、と言ったが、レノは気にせずフロアを飛び出た。
エレベーターを降りたレノは、偶然ソルジャーフロアのエレベーター前にいたカンセルを見つけた。
カンセルはこちらに気付くと、愛想良く声をかけてくる。
「よぉ」
「あぁ……なぁ、ザックスはどこに居るんだ、と」
会うなりなんだ、とカンセルは顔をしかめたがレノの顔を見て何かを悟る。
レノが急いでいる様に見えたカンセルは、"残念"と言った。
「悪いな。たったいま、ザックスは任務に行ったぞ。セフィロスと、ニブルヘイムだ」
帰りは遅くなるんじゃないか?カンセルの言葉にレノは嘆息する。
どうやら、間に合わなかったらしい。
「なんだ、急用か?」
「いや、いい。引き止めて悪かったぞ、と」
さんきゅーな。そう言ってレノはソルジャーフロアをそそくさと出た。
こうなる事を予測して、持っていた携帯電話を強く握りしめながら。
◆
「だぁーっ、疲れた」
「疲れたって……トラックに乗ってただけでしょ」
伸びをしながらザックスが言った言葉に、一般兵──クラウドがつっこむ。
相変わらず手厳しいクラウドにザックスは苦笑した。
クラウドは何故か今はメットを被っている。その為表情は窺えないが、呆れた様な表情をしている事だろう。
そんな事を思っていると、ふとクラウドがザックスの腰あたりに視線をやった。
「…あ、ザックス。携帯」
「…ん? あぁ」
着信を知らせる携帯の光が布を通り越してクラウドに見えたようだ。
携帯を取り出すと、一回の着信履歴。
それ以降は一度もない事を見ると、どうやら一度で諦めたらしい。
誰だろう、そんな事を思いながらザックスはクラウドに、ごめん、と言い、
掛け直すべくその場を離れた。
クラウドやその他の一般兵達がいる場所から少し離れたところで、携帯を開いた。
ディスプレイが開いたと同時に光が灯る。暗証番号を慣れた手つきで打ち、着信履歴の欄を開く。
「(…! レノ!?)」
着信履歴は、現在の悩みの種である"レノ"からだった。
レノとて掛けやすい状況でなかったのに、決心して掛けてくれたんだろう。
なんで出なかったんだ、とザックスは自分を責めた。
"トゥルルルルルル……"
「うぉわ!?」
危うく投げかけた携帯をなんとか手の中に収める。
たかが携帯の音に驚きすぎだ。
そんな事より!──ばっ、とディスプレイを見る。
「(……レノ!!)」
再度掛ってきたのは、レノからだった。
やばいやばいやばい。
かなり焦りながら通話ボタンを押した。
「もももももも、もしもし!?」
『あ、あぁ。ザックスか、と』
「は、はい!」
さきほどの悩みはどこへやら。
今は完全に"焦り"しかない。
『ざ、ザックス? なんかあったのか、と』
「え、えぇ!? 何も!」
完全にズレたテンションのザックスを不審に思ったのか、レノが訪ねてくる。
ザックスが返答すると、そうか、と頷く声が返ってきた。
『あ、あのさ……』
「な、なに?」
何もわからない様な事を言うが、もちろんわかっている。
三日前の、喧嘩の事だろう。
『三日前は……わ、悪かったぞ、と!』
「え? あ…いや、俺も、悪かった…」
『いや、いいんだよ、と。やっぱ俺が悪かったぞ、と』
「で、でも!」
そんな、レノだけ謝るなんて納得できるはずない。
しかし言いかけた言葉をレノに遮られた。
『ザックス』
「え?」
『……ごめん』
素直で、率直すぎるその言葉に、レノには悪いがザックスはくすり、と笑みをこぼした。
その笑みは次第に大きくなる。
「はははははっ。…あー、レノにソレは似合わねぇ!!」
『なっ! てめっ! 人がどれだけ……』
「…そうだな。ありがとう、ごめんな」
『っ…』
電話越しに、レノが息をのむのが聞こえた。
もう、言葉を飲み込む必要はない。
「…レノ」
『…ん』
「好き。大好き。愛してる。死ぬほど愛してる」
なんだか、すっきりした感じがする。
好きだの、愛してるだの、言葉の安売りみたいな感じがするが、考えるのが苦手な自分にとっては、
これが一番簡単で、自分の思いを率直に伝える方法だった。
『そうだな…』
「なんだよ、それだけか」
『やっぱ、こーゆーのは直に言わなきゃな、と。ザックス。俺はお前に直接謝りたい。』
「謝るとか、もうそういうのいいって」
『いーや、だめだ。そうしないと気がすまねぇんだよ、と。俺がお前に謝ったらお前のいくらでも聞いてやる。……だから』
────"はやく帰ってこいよ。いいな?"
もうその言葉が嬉しすぎて、否応にも口角がつり上がる。
「わかった! すぐ帰るから!」
────絶対、帰るから。その時は、俺の話、聞いてくれよ?
「……了解しました」
ツォンが電話を受話器に置いた。
任務か、とレノは視線をツォンに向ける。
案の定、それは任務を知らせる電話だったようだ。
「タークス総出の任務だ。脱走したサンプルの捕獲。準備しろ」
「はいよ、っと」
気楽にレノは返事をした。その時はまだ、何も知らなかった。
───知りたくも、なかった。
荒野には、何もなかった。
しかし───今は、大きな違いをうみだしている。
至る所に倒れ伏す兵達。ここで"任務"という名の、一人相手の一方的な戦いがあってから、まだ半日もたっていない。
流れた血は数時間前にあった雨のせいで、血の流れをつくりだしていた。
その無残な場所から少し離れた場所に、少し前まで笑顔を振りまいていた、人、が。
両手を大きく開いて、何か良いことでもあったのだろうか。そんな事を思わせるような、
清々しい表情して……──血にまみれて、横たわっていた。
膝をついて、その人──"ザックス"を見下ろす。
血にまみれているのに、何故そんな顔をしているのか……"レノ"は不思議で仕方なかった。
どうして……?──聞けるものなら、聞いてやりたい。
──…彼が、答えてくれるなら。いくらでも問いただしてやる。
「なぁ、ザックス」
答えは返ってこない。ザックスはもう、答え返す術をなくしてしまった。
そんな事、わかっている。
「俺に、謝らせてくれよ、と」
謝ろうと、思ったのに。
どうして、謝らせてくれない?どうして、……──死んだ?
「これじゃ……俺、許されないだろ、と」
いつまでも、許されることはないのか?
それとも、まだ許す気はないのか?
「じゃぁ……どれだけ謝れば、許されるんだ?」
──"答えてくれよ、ザックス"
その言葉は、彼に届く事はなく消えていった。
──ああ、そうか。
ある答えに辿り着いたレノは、自嘲気味に笑む。
──…なぁ、ザックス。どれだけ謝れば、
お 前 は 、 帰 っ て き て く れ る ?
───End.